人間万事塞翁が( ゚Д゚)ウマー

一番、「酔っ払いの戯言」イキます。

大往生

「ぴっぴが亡くなりました」

二月一日に母からメールが届いた。

(は?嘘でしょ?)

お正月には義父が体調悪くて、ERに入ってたから息子だけ里帰りしていて、「ちょっとボケてるって言ってたけど、俺の事は分かってたで」って聞いてたし、一月半ばには「介護用ベッド入りました」ってこれまた唐突なメールがきてたのに。

でもまぁ「然もありなん」か。
数えで96歳だったもんな。
でも、100歳まで余裕で生きると思ってたのに。


慌ててシフトを変わってもらい、二月三日(土曜)に飛行機で帰った。
もうその朝から、いやその前から、まず息子がインフルエンザに罹ってた。すぐ後、旦那がインフルに(笑)
だから、私もその日の朝、少しボーッとしていたのだ。

案の定、どんどん熱が上がってきて、それでも通夜、葬式とフラッフラしながら過ごした。
でも家族や親戚だらけだったから、めっちゃ甘えさせてもらって、隙あらば葬儀場の部屋で寝かせてもらってた。ありがたや、ありがたや。



ぴっぴの顔は、スコーンと晴れ上がった空みたいに、スッキリした顔だった。
きっと何も思い残してはいないだろう。そう思える顔だった。今まで観た亡くなった人の顔の中で、ダントツにスッキリしてる顔。まだ生きてるみたいに綺麗に してもらってたからかな。(祖父の顔や大叔父の顔とは違っていた)

家から運び出すとき。
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上手いこと光が・・・もう祝福されてるみたいな(笑)



私達姉妹が子どもの頃、そう、ぴっぴ(ぴっぴとは曾祖父母のことを言います)がおばあさんだった頃、母を虐める人という認識があったのでみんな嫌いだった。
私のことは跡取りとして可愛がってくれていた。それはよく分かってた。しかし母親と祖母の狭間で私は、本当に大変だったんだよー。えぇ、ひねくれましたとも。無駄に母親を恨む出来事を作ってくれたというか。思ったことをそのまま口にする人で、本当に嫌だったなぁ。人生にずっと文句言ってる人ってイメージだった。

でもだからこそ、長生きして、津波で自分の娘が先に逝ったり、息子が病気で先に死んだりするのを見なくちゃいけなかったんだろう。それでも私の目には、それほど悲しむ様子もなく淡々と受け容れているように見えた。


あれだけ仲が悪かったのに。
母親も、居なくなった途端に寂しくなったようだ。

そうだよね、いつも居た人が居なくなるって、寂しいよね。



お葬式が終わって、お墓に納骨して、やっとこさ家に帰った時、家でぴっぴが待ってるような気がしてて(田舎は誰かが必ず家に居るものだったから)、代わりに何人かのご近所さんがいて、あ そうだもう居ないんだった…と初めてその時死んだんだなと思った。
二度と会えないんだけど、悲しくはない。


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3歳か4歳くらいの私。ぴっぴは多分、今の私くらい。北海道旅行へ私も連れて行ってもらったのだった。まあこれも嫁姑でね…うん…



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これがお正月の写真。行っとけば良かったな、やっぱり。まぁでも…私も薄情だから(ぴっぴに似てさ)きっとアッサリしたもんだったはず。


昔、「おばあさんは棺桶に片足突っ込んでんだがら」ってよく言ってたけど、そんなぴっぴは長生きし、「おじいさんは120まで生ぎんだがら!」と言ってた祖父は75で死んだんだから、私も120まで生きる!って言っとこっと。


自分も もうすぐ生まれて半世紀経つんだなぁ。本当に人生って「一瞬の光の矢」だ。

大往生、見せていただきましたよ。
天国でゆっくりしてちょうだい。じゃあね、バイバイぴっぴ。