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人間万事塞翁が( ゚Д゚)ウマー

一番、「酔っ払いの戯言」イキます。

ヤクルトばっぱ

すぐ目の前の家の、親戚のおばあさん。
もう20年も前に亡くなったけど、ヤクルト配達をしていたから、ヤクルトばっぱと呼ばれてた。
田舎だから歩いてのんびり、時にはお茶っこ飲みしながらの配達。でもそういえば、健脚で知られていたな。確かに歩くのは早いイメージがある。もんぺ穿いて草履で、さっさかさっさか歩いてた記憶がある。

ばっぱは歳をとってヤクルト配達しなくなってから、とにかく紐っこを縫って縫ってしていた。多分仕事を作っていたんだよね。することがないって、辛いもんね。お嫁さんに、さらに孫(私より10歳上の兄ちゃんがいた)にお嫁さんも来て、自分の存在が無くなってしまったんだよね。

ばっぱの紐っこは古い着物をつぶして作ったのもあれば、新しい布で作ったのもあって、私が美容師で着付けするからと、「えみ、ひぼっこいらねが?」とたくさん紐っこをくれた。
その頃「こんなん要らんのにな」と思いながらも、くれるものは貰う精神でもらっていた。

ばっぱはある時骨折して、寝たきりになった。

寝たきりになって、あまりご飯を食べなくなり(多分、自分で食べるのを止めた)、枯れるように家で死んでいった。

私が帰省したとき、神戸プリンをお土産に持っていくと、一口食べてもういいと言った。
「また明日くるから」と言い残して帰った翌朝、ばっぱんちのおばさんが慌てて家に駆けてきた。ばっぱが亡くなったと。

「あんたの帰りを待ってたんだろうな」と母はいう。そんなことはないと思うけど、その時はそうなのかな、とぼんやり考えた。
私は、ばっぱに、なぜかとても可愛がられていたから。


今、仕事で着物を着る(めっちゃ簡易な着物だが)ようになって、その紐を使っている。
ありがとうね、ばっぱ。
まだまだあるから、普段でも着るようになればいいんだろうけど・・・やっぱりメンドクサイや。

ごめんね。


なんか急に思い出したので、書き残す。





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これはばっぱだが、違うばっぱ。写真がない。今はぴっぴ(曾お祖母さん)と呼ばれる私の祖母(94歳)と息子(14歳)。